今回は「自分に何が書けるか悩むブログ初心者が、読まれる記事を書くための方法」です。
プロのコピーライターの方の記事を引用し、そこで私が学んだことをまとめました。
本当に、読みたいことを書けばいい? | 田中泰延 | ほぼ日刊イトイ新聞
「自分に何が書けるか」悩んだら「なぜ書くか」を意識する
「ブログを始めてみたものの、なかなかたくさんの人に読まれない」
ブログ初心者の悩みの「あるある」ではないでしょうか?
SEO対策など細かい対策はさておき、本質的には「文章の質」を上げていくことが一番重要なことです。
こんなときは「なぜ書くか」を意識することが大切なんです。
これは別に「収益化のため」「趣味のため」「勉強のため」など、個人的な理由のことではありません。
あくまで「あなたはなぜこの記事を書くのか」ということです。
この「なぜ書くか」というところが、文章をおもしろくする秘訣なんだそうです。
・・・でもその前に、1つだけ注意点が。
読まれる文章は結局「誰が書いたか」
残念ながらこれが真実です。
文章の達人が書いた記事より、人気芸能人が書いた記事の方が読まれる。
素人が書いた記事より、その分野の権威者が書いた記事の方が読まれる。
まぁあたりまえのことですよね。
だけどブログ初心者の方は、わたしも含めてほとんどが「ふつうの人」のはず。
だから、基本的には多くの人に読まれることは難しいことなんだと思います。
「何を書いたか」よりも「誰が書いたか」
この前提をまず理解することが、変に自分に期待しすぎないためにも大切なことです。
ふつうの人でも読まれる記事は書ける
ただし、最初はふつうの人でも、たくさんの方に読まれる記事を書いている人もいるのも事実。
これは「文章術に長けているためか」「ニーズのある分野に精通しているためか」「たくさんの記事を書いているためか」
もちろん理由は人によって違います。
今回、私がプロから学んだことの中に「ふつうの人が読まれるレベルになる文章術」のヒントがありました。
それにはまずブログの本質について理解する必要があります。
ブログは「事象」と「心象」が交わる部分を書く
ブログとは随筆の部類に入るようです。
随筆とは「事象」と「心象」が交わるところにうまれるもの
だそうです。
もう少し詳しく説明すると、
「事象」とは、自分以外の外のこと。
「心象」とは、事象に触れた時生じる自分の気持ちのこと。
つまり事象だけの記事だと、ニュースなどの報道になり、
心象だけの記事だと、「私はこう思った」だけのものになります。
どちらかだけだと随筆にならない。そして大概つまらない。
「心が動いたことを伝えたい」それが書く理由
なのでブログの基本は、「事象」と「心象」が交わる部分を書いていく。
つまり、事象に対して心が動いたことを書く。
そうしないと、残念ながら「おもしろくなく読まれない」文章になってしまうようです。。
心が動いた理由を「調べる」
そしてここからが重要です。
より多くの人に読まれるためには、心が動いた理由を「調べること」なんです。
(原文を引用します。)
いきなり「わたしはこう思いました」と書いても、読んでもらえない。
それでも誰かに読んでほしいなら、ちょっと調べに行きましょう。たとえばこのコップの水を飲んで
「なんでこんなにおいしいんだろう」
「このおいしさを、ひとに伝えたい」と思ったとき、
「ごくっと飲んだ、おいしい」と書いても意味がない。ひとに読んでもらうための武器は「調べる」です。このペットボトルの水だったら
「お、なんかちょっと水道の水とちがうぞ」
「群馬県の嬬恋で採水した水なのか」
「嬬恋の水って、どんな水なんだろう」
「調べてみたら江戸時代に水で争いが起こってた」いや、この水がおいしいって言いたいだけなんですけど、
「こういう理由で調べに行ってみました」
「調べてみたらこんなことがわかりました」
「だから私はおいしいと思ったのかも」
そう書けば、ちょっとは読んでもらえるかもしれない。
つまり「書きたいこと⇒心が動いたこと⇒伝えたいこと」であり、
読まれるためには「調べること」がとても重要なんです。
なぜ心が動いたのか理由を調べると、いろんな事実がわかり、納得できた。そこまでを書ければ、人に読まれるレベルになる。
あたりまえと思うかもしれませんが、実際「どこまで調べている?」と言われるとどうでしょうか?
調べたとしても「調べた事象だけがほとんどの記事」になっていないでしょうか?
誰も書いていないから、あなたが書く
そしてもう一つポイントが。
じゃ実際に心が動いたことを記事にしようとしたとき、すでに記事にされていないかということ。
映画を見て感動していろいろ調べてことを書こうとしても、すでに書いている人がいたら、あなたが書く理由にはならない。
そこでもし誰も書いていないようならチャンス。
それが「あなたが書く理由」です。
(原文を引用します。)
「誰もわたしが面白いと思ったことを書いてないなあ」というときに、
はじめて自分が書けばいいんです。
自分に向けて書けばいい。
だって、自分が読みたいから。
自分が一番感動したところを書いてるひとがいないから
「あれ? じゃあ、わたしが書くの?」ってことですね。
その「自分の感動」には理由がある。だから調べる。
今はもやもやしてるけど、探れば根拠に当たるはず。
その感動に根を張って、調べてみたらある事実があった。
わたしがこの水を一口飲んだときの「おいしい」に
ちょっと納得できた、そう書けばいいんです。
「何を書いたか」より「誰が書いたか」と言いましたけど、
もっと大事なことは「なぜ書くか」。
そこに感動がなければ、書く意味がないんです。
「どう調べるか」も重要
さらにもう一つ加えると「どう調べるか」も大切です。
心が動いたことについて調べるのですが、そもそも何も心が動いていない状態であれば、調べ続ける必要があります。
「感動のない状態で書くのが一番しんどいこと」と原著者もいっています。
そしてやみくもに調べても時間に限りがあるので「あたりをつける」ことが重要。
つまり、「仮説」を立てて調べていくことが必要です。
まとめ
・「自分に何が書けるか」悩んだら「なぜ書くか」を意識する
・ブログは「事象」と「心象」が交わる「心が動いたこと」を書く
・心が動いた理由を、納得がいくまで調べる。誰も記事にしてなければ記事に書く
・仮説を立てながら調べると効率的
最後までご覧いただきありがとうございました。