2022年6月に起きた千葉県君津市の水質事故。川が真っ赤に染まり、ショッキングな映像が報道されていました。
実は、水質事故は思っている以上に身近に発生しています。また、多くの事業者の方が原因者になる可能性があるのをご存じでしょうか?
本記事では、自治体で水質汚濁防止法の行政担当を務めた経験があり、かつ公害防止管理者である私が、今回のニュースの解説と水質事故の実態について解説します。
決して他人事ではない!水質事故と水質汚濁防止法
今回の水質事故は、日本製鉄からの排水が原因。日本製鉄といえば、大企業であり、排水設備も水質管理の体制もしっかりされている?・・・と思いきや、起こってしまった水質事故。
「たまたま運が悪かっただけ」「うちは有害物質なんて扱っていないし、排水量も少ない」
・・・などといって、今回の水質事故を対岸の火事と思っている方は要注意です。
このような水質事故は決して「他人事」ではないんです。
私自身、行政で水質汚濁防止法の実務を担っていた時は、多くの水質事故(異常水質)の対応を経験しました。
全国で1000件以上発生!身近に起こる水質事故
国交省のデータでは、全国の一級河川で発生した水質事故の件数は、平均すると毎年1000件以上ありました。
ここ数年では減少傾向にあり、平成29年度は865件になりましたが、これはあくまで一級河川に限られた話です。
例えば、2018年度に起きた神奈川県の水質事故件数は年間177件なので、すべての河川を含めると、全国では何千件もの水質事故が起きていることが容易に想像できます。
化学物質と油流出による水質事故が多い
では、水質事故の中身をみてみましょう。
多いのは圧倒的に油の流出です。軽油、灯油、ガソリンなど、企業や個人を問わず使用されているケースが多いのが理由でしょう(交通事故によるガソリンの河川流出などもある)。
そして、シアン、有機溶剤、農薬等の化学物質流出も毎年発生しています。
化学物質は人の健康や生活環境に多大な影響を及ぼすものが多いので、1度でも起きてしまうと大変なことになってしまうので注意が必要ですね。
中でも特に注意が必要なのは、工場や事業場が排水している場所が「水源」や「田んぼ」の上流にある場合です。
水源の上流で水質事故が起きると、浄水場で取水停止になって断水が発生する恐れがあります。
断水は人の命に直結するので、絶対に水質事故の発生を避けなければなりません。当然、原因者に責任が及びます。
意外にも水質事故って身近な存在なんですね。
発生すると多大な影響を及ぼしてしまうことが、再認識していただけたかと思います。
化学物質流出による水質事故事例
平成24年5月に、利根川水系の浄水場の浄水過程で水道水質基準を上回るホルムアルデヒドが検出され、浄水場において取水停止が生ずる等の取水障害が発生しました。これは、廃棄物に含まれていたヘキサメチレンテトラミン(現指定物質)が十分に処理されないまま公共用水域に排出され、下流の浄水場において浄水過程で注入される塩素と反応し、ホルムアルデヒドが生成したものと強く推定されています。
(参考)環境省サイト
水質汚濁防止法の規制がかかる事業場は26万社
さて、本事案では、「水質汚濁防止法」における排水基準超過や未届出などがありました。
ニュースでもこの法律の名前が出てきたと思います。人によっては聞き慣れない、あたかも一部の企業だけが関係するものと思われる方も少なくないかもしれません。
しかし、水質汚濁防止法の規制がかかる事業場は、なんと全国に26万社もあります。
(「環境省 令和2年度水質汚濁防止法等の施行状況」より)
もちろん規模や扱う化学物質はさまざまありますが、排水基準を守ったり、必要な届出をしなければならないのはどこも同じです。
水質事故も水質汚濁防止法も、決して「他人事」ではないと感じていただけたでしょうか。
日本製鉄君津で起きた水質事故
千葉県によると今回の水質事故の内容は、主に3点あります。
真っ赤な排水の流出による魚の大量死
君津市内にある水路が真っ赤に染まり、魚が大量に死んでいる映像が報道されていました。最初見た時は、「何が起きたのか!?」と思うショッキングなものでしたね。
これは日本製鉄から流れ出た排水によるもの。ただちに同社は排水を止め、被害の拡大は抑えられたようです。
度重なるシアンなどの基準超過
この着色水の流出事故をきっかけに、新たな事実が次々に発覚しました。
実は着色水とは別に、製鉄所から水路へ流れ出る複数の排水口から、水質汚濁防止法の排水基準値をオーバーする排水が検出されたのです。
しかも検出されたのは、有害物質で知られる「シアン」。
他にもいくつかの化学物質が基準値をオーバーしていたようです。
幸いにも、流出したシアンなどの化学物質の量が比較的少なかったため、すぐに周辺住民の健康に影響を及ぼすようなレベルではなかったようです。
現在でも、県では水質検査による監視を継続していますが、基準値は満たしているとのこと。
だけど有害物質って聞くとこわいですね。
そうですね。不安を煽る必要はないですが、心配になりますよね。
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県への報告漏れと未届出
さらに、残念なことに、今回の水質事故が起こる以前から、排水基準値をオーバーすることがありながら、県に報告してなかったようです。
また、水質汚濁防止法で規定されている届出が、一部漏れていたとか。。
一つの事故がきっかけに、いろいろなことが表沙汰になってしまいましたね。もし普段からもっと注意深く、本気で取り組んでいたなら・・・悔やまれるところです。
日本製鉄の水質事故の原因
さて、では今回の日本製鉄による水質事故は、なぜ起こってしまったのでしょうか。
千葉県から日本製鉄に求めた「水質汚濁防止法第22条第1項の規定による報告の徴収について」に基づく報告書(2022年9月30日)によると、原因は主に2点あったと考えられます。
説備の不具合のため
(1)老朽化による脱硫液貯留タンクの破損
真っ赤な着色水の流出は、コークス炉で発生したガスを洗浄する際に生じる「脱硫液」が漏洩したもの。脱硫液を一次貯留するタンクが破損し、場外の水路へ漏洩したようです。
漏洩時のため、防液提となる堰(セキ)を設置していたようですが、1800㎥の量が漏れてキャパを越えてしまいました。
なお、脱硫液の主成分は、チオシアン酸アンモニウムという物質で、この中に含まれるアンモニア成分が、魚の大量死に特に影響したようです(シアンによる影響はほとんどなかったとの見解)。
このタンクは建設より47 年経過しており、老朽化による壁・マンホールのピンホール破孔が発生し、補修しながら使用していました。
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(2)シアン未処理水に関する設備不良
排水基準値を超えたシアンを流出させた原因は、未処理のシアン廃液について、送液ポンプ設備のトラブルによるものと、循環系統からのオーバーフロー(水バランス不良)によるものです。
つまり、未処理の廃液が送液すべきところにできなかったこと、廃液の出入りのバランスが崩れてオーバーフローしてしまったこと、が原因のようです。
計画的に設備の保全を行っていたと思いますが、発生してしまった設備トラブル。想定外の出来事だったのでしょうか。
法の認識不足のため
今回の水質事故が起こる前から、何度も排水基準値オーバーがあったにも関わらず、県に報告しなったのはなぜでしょうか。
日本製鉄は、「関係社員の認識が甘かった」との見解を示しています。また大企業ならではですが、水処理や水質検査の一部を関係会社に委託していたり、環境部門と製造部門との連携不足など、チェック体制にも問題があったようです。
私はこれを見て、思ったことがあります。
「水質汚濁防止法の業務を、一部の担当者だけに任せていなかったか?」
ということです。
水質汚濁防止法には、さまざまな規制や罰則があります。慣れないうちは、法律を理解するのは大変なこと。ましてやそれを適切に運用し続けることは簡単なことではありません。
特に難しいのは、法律の解釈の誤り、つまり誤認です。法律の言い回しは独特なところがあり、どう解釈して運用していけばいいか悩むこともあると思います。
そういう場合は行政に相談することが大事です。また組織として、水質汚濁防止法逐次解説や公害防止管理者の手引きを読むなど、理解を深めていく必要があります。
※公害防止管理者の手引きについては、こちらの記事をご覧ください。
「新・公害防止の技術と法規 水質」とは?元技術公務員がおススメする水質汚濁防止法に関する本
※もし水質汚濁防止法についてわかりやすく知りたい方はこちらの記事をご覧ください。
水質汚濁防止法をわかりやすく解説!はじめて届出担当者になったら最初に確認すべき5点
今回の水質事故から得られる教訓
設備の不具合を前提とした対策
定期的な点検やメンテナンスにより、設備の故障を未然防止することは前提ですが、やはりトラブルは起こってしまうもの。
何があっても絶対に防がなければならないのは、敷地外への流出です。
そのためには、排水設備や廃液タンクなどが破損し、漏洩した場合、どこで食い止められるかが勝負です。
基本は設備周辺の防液提の設置ですが、満タン時でも十分なキャパがあるか、また万が一防液提を突破した場合でも敷地内で抑えられるか、普段からの対策がものをいいます。
特に非定常作業をする場合は、より漏洩対策を怠らずに行う必要があります。
再検査のルール化
水質検査で基準超過したが、再検査したら基準値内におさまったからOK!・・・というのは完全にNGです。
水質汚濁防止法では、原則、排水基準値を超過したら、直罰式、つまり一発アウトです。ただ実際には、直ちに排水を止めるなどの処置をした場合については、即座に罰則適用になるケースは少ないと思います(自治体の判断によりますが)。
事実、本件では千葉県は罰則を課していません。これは現状では基準超過していないことなどを考慮して、総合的に判断したのかもしれません。
再検査して大丈夫ならOKというルールは当然ありません。ただし、検査の不手際があれば、再検査もあり得ると思います。
いずれにせよ検査結果に異常が見られた時点で、まずは工場排水に異常がないか疑うのが本来のあるべき姿なはずです。
今回問題なのが、こんなことが複数回あったということ。
基準超過があったことなど県に報告したら面倒なことになる、といった心理が働かないよう、あらかじめ再検査のルールを組織的に決めておく必要があるのではないでしょうか。
水質担当者任せにしない
水質汚濁防止法の運用に当たり、法の理解を一部の担当者だけに任せていないでしょうか?
常日頃から、水質汚濁防止法を読み込んでいる場合は別ですが、細かい規定まですべて把握するのは、なかなか大変なことです。
私が自治体で水質汚濁防止法の担当をしていた時は、水質汚濁防止法や関係通知に目を通していたことはもちろんですが、逐次解説書や公害防止管理者の手引きなどを活用しながら、理解を深めていました。
しかしそれでも法律の解釈がわからない時もよくあります。その場合は、組織内部で協議したり、他の自治体や環境省に相談して判断していました。
法律と現実には必ずギャップがあるので、法の解釈に当たっては、行政判断になり、行政の指示に従う必要があります。
つまり一人だけで判断していると誤認も起こりやすくなるのです。
まとめ
以下まとめとなりますが、水質事故は決して他人事ではないこと、水質汚濁防止法の対象となる事業者が多いということがおわかりいただけたと思います。
水質事故は普段からの対策がすべてです。これを機に、自社の水質管理体制を見直してみるのはいかがでしょうか?
・水質事故は毎年何千件も発生しており、決して他人事ではない。
・水質汚濁防止法の規制対象は26万社
・日本製鉄の主な水質事故原因は、設備の不具合と法の認識不足によるもの
・水質事故は設備トラブルありきで対策が必要。絶対に敷地外に流出させない。
・水質検査の再検査のルール化で、隠蔽の心理を働かせない。
・水質汚濁防止法の理解は簡単ではない。決して担当者任せにしてはいけない。
最後までご覧いただきありがとうございました。